ジャランジャラン・オデッサ
△昼前に目が覚めて長い廊下を歩く。天井が高い。
ウクライナには安宿というものが無く、私は古いホテルの一番安い部屋に宿泊しているのだ。
通貨の名前はグリブニャ(Гр)。5Грでおよそ1$。ここは一泊90Грだ。
△一階まで折り返しながら続く階段の中央をエレベータが突切っている。
ドアの開閉は手動で、動作も安全装置もシンプルで機械的だ。慣れが無いので少し怖い。
△客や従業員の往来で磨り減った階段の石材。
四階の部屋から二階のレストランまで階段を降りてゆく。
△レストランに客はおらず、ウェイター兼コックの青年がキーボードを演奏していた。
二階の廊下に響いていた音楽は彼が弾いていたのだった。彼は私に気付くと手を止めた。
「ランチ?」 「うん、お願い」 「10分待ってね」 「OK」
△まず運ばれてきたのはトマト・きゅうり・赤パプリカ・長ネギのサラダ。
オイルとビネガーで和えたシンプルな味に、長ネギの鮮烈さが生きている。
△サラダの次はチキンと野菜のスープがパンと共に運ばれてきた。
たしか食事の値段は20Грと聞いていたけれど…調理場からはジュワーっといい音が聞こえている。
△そして立派なメインディッシュが運ばれてきた。皮がパリッとしたチキンソテー。
フライドポテトも揚げたてで、野菜類や酢漬けのマッシュルームなどが添えられている。
「コーヒーか紅茶は?」 「じゃあコーヒーを」
△コートを着てフロントに鍵を預け、街歩きへ出発。
道路をわたり振り返るとホテル・パッサージュの外観が見わたせた。
△道を挟んだ反対側は教会のある大きな広場になっている。
私は北へ向けてまっすぐ歩いた。
△街路樹の下に猫がいる。寒さで縮こまっているようだ。
△こっち見んな。
△丘の上の遊歩道までやってきた。
久しぶりに晴れた日の午後、猫より着込んだ人々はそれほど寒さを感じない。
△丘からは港が見下ろせる。手前を線路が東西に横切り、その先には船と海が横たわる。
△見えた景色の方角へ、丘を一気に下ってゆく。
△線路のあたりまで来た。しかし港の入り口は案の定、格子門で閉ざされていた。
私は線路の伸びる方向を目安に、つかずはなれず南西へ向かうことにした。
△オデッサ市内はトラム・バス・トロリーバスが隅々まで網羅し、
道路も幅広く、交通事情はすこぶる良く見える。
△大きな市場に着いた。ウクライナの市場は、大きな区画内に八百屋から惣菜屋から
雑貨屋、服屋にいたるまであらゆる専門店が軒を連ねる。
△青果エリア。今の季節はリンゴが多く出回っている。
手前にいるのは、両手と首から乾燥キノコをぶら提げて売り歩くおばちゃんたち。
△市場の脇に小さな売店があり何かを売っている。
そろそろ何か食べたくなっていたので近付いてみることにした。
△えっと、なんとか揚げパン1Гр。その横はなんとか揚げパン1Гр。
△その横はー……、おばちゃん、これ全部1個づつくれ。
△割ってみると、パセリ・加工肉・じゃがいも・キャベツと、ささやかな具が入っていた。
揚げパン4個は完全にやりすぎだと感じながら、責任を持って完食した。
△ふたたび歩き出す。高架になっている線路のところで、ゆるーい工事をしている人々が見える。
△上り坂の脇に、坂道に半分埋もれてしまった建物があった。
横並びの窓が坂の上昇と共に見えなくなっていく。こんな現象は通常起こりえない。
△脇に回ってみるとその建物はすでに内部が崩落した廃墟であった。
犬が地面に落ちたポテトチップを食べている。
△「俺らの縄張りに入って来んなぁぁぁああ!!」 力いっぱい吠えられた。
△近隣の古そうな居住区を散策する。道はあちこち傷み、街灯も無い。
サッカーボールを蹴り歩く少年とすれ違い、その後、二組の母子とすれ違う。
そろそろ日暮れが近いのを感じ、暗くなる前にここを抜けようと考える。
△小学校の脇を通り、線路沿いの土手に昇るといくつかの廃屋が続いていた。
△線路沿いの土手はしばらくするとトラムの走る大通りにぶつかった。
地図で現在地を確認すると、ここから東に2kmほど行くとホテルへ帰れることがわかった。
△24時間営業の大きなスーパーマーケットがあった。何か買って帰ろう。
△店内をじっくり見てまわり、味見してみたいものをいくつか選んだ。
海草サラダ(200g) | 1.88Гр |
インスタントマッシュポテト | 1.44Гр |
薄焼きパン(5枚入り) | 4.14Гр |
ビニール袋 | 0.15Гр |
合計 | 7.61Гр |
△外へ出てまたホテルの方向へ。丘をひとつ越えることになるようだ。
坂を歩く私の横をトラムが勢いよく登ってゆく。
△陽が沈んでしまうとあたりはみるみる暗くなっていった。
△交差点にさしかかるとぱっと右手の視界が開け、まばゆく輝く教会が現れた。
と同時に鐘の音があたりに響いた。ガランガラランランラガララン…(
VoiceRecorder)
△鐘はひとしきり鳴り続け、余韻をたっぷり残して消えていった。
それから一呼吸おいて、クヮーンと高く深い音が続けて5回、広場に立つ私に降り注いだ。
え、まだ5時?
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